歴史の雑学 | 今日の雑学

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桃太郎は桃から生まれていなかった!なぜ主人公が桃から生まれる話ができたのか?

桃太郎といえば、日本でもっとも有名な昔話といって良いと思います。主人公の桃太郎はおばあさんが川でみつけた大きな桃から生まれるものと決まっています。 しかし、桃から人が生まれるなんてなんとも不思議な話ではないでしょうか?昔話だから現実的な話でなくてもまったくおかしくありませんけど、それにしてもなぜ桃なのだろうかと思いませんか? 実はもともとの話では桃太郎は桃から生まれていなかったのです。 桃太郎のもとになった話は、誰が作者か不明ですが、室町時代ころに成立したと考えられているようで...
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インスタントコーヒーを発明したのは日本人?インスタントコーヒー発明の歴史を追う

インスタントラーメンを発明したのは日清食品の創業者である安藤百福というのは有名な話です。NHKの朝ドラでも安藤をモデルにしたドラマが放送されましたよね。 では、インスタントコーヒーを発明したのは?というと、日本人の加藤サトリというのが一つの定説でした。 お湯を注ぐだけですぐにコーヒーを楽しめるインスタントコーヒーは、イギリスやアメリカで開発に挑戦した記録があるのですが、一定の品質をクリアすることができず、製品化に成功できなかったのです。 1899年のこと、シカゴに在住していた日...
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時代劇のヒーロー水戸黄門こと徳川光圀は本当に善人だったのか?辻斬りなどの蛮行や重税などの悪政を行っていた

「この印籠が目に入らぬか!」の決め台詞で有名な水戸のご老公、水戸黄門こと徳川光圀。日本中を旅して庶民を苦しめる悪を退治する時代劇のヒーローですね。まぁ、「この印籠が目に入らぬか!」と言っているのは格さんですけど。 ここ数年、時代劇の人気低迷とともにあまり見かけなくなってしまいましたが、何十年もテレビドラマが放送されていました。僕が子どものころはよく見ていましたね。ドラマは見たことがないという方でも水戸黄門の名前は聞いたことがあるのではないでしょうか? 水戸黄門のイメージから徳川光圀は...
日常の雑学

スーツの袖にボタンがついているのは鼻水をつかないため!スーツにまつわる意外な話

スーツの袖には必ずといっていいほどボタンがついています。でも、あのボタンってなにかを留めているわけではなく、なんの意味があるのかわかりませんよね。 現在では袖のボタンはただの飾りですが、そもそも袖にボタンをつけるようになったのは意外な理由があります。 はじめて袖にボタンをつけたのは、フランスのナポレオンだと言われています。 ナポレオンが軍を率いてロシアに遠征したときの話です。あまりの寒さに兵士たちは鼻水を流し、それを軍服の袖でふいたのです。 袖を鼻水まみれにしている兵士た...
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店先に盛り塩をするのは皇帝に振り向いて欲しい妾のアイデアが由来

昔から営業している老舗の飲食店などでは店先に盛り塩がされていることがありますよね。塩を円錐型に形作って置いておくアレですね。 この盛り塩の由来でひとつおもしろい説があります。 昔、中国の三国時代を終わらせ中国統一を果たした西晋の初代皇帝の司馬炎という人物がいました。中国統一を果たしたくらいなので優秀な人物なのでしょうが、統一後は政治への興味をなくし、後に反乱が起きる遠因を作ったとも言われています。 その司馬炎は女色にふけったことでも知られ、1万人ともいわれる女性を集めた後宮を作...
歴史の雑学

板垣退助は暗殺されていない!実は「板垣死すとも自由は死せず」から37年も長生きした

板垣退助といえば自由民権運動の主導者で、遊説中に襲われて「板垣死すとも自由は死せず」という有名な言葉を残した人物として知られていますね。そのため板垣はこのときに殺されたものだと誤解している方も多いようです。 しかし、実際に襲われて短刀で刺されたものの死に至ることはなく、無事に回復しています。そして、事件のあと37年ほど生き、亡くなったのは82歳のことでした。当時としてはかなりの長生きですね。 襲撃事件を起こしたのは小学校の教員であった相原という男で、板垣が行っていた民権運動に強い反発...
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鵜匠は国家公務員?鵜飼と鵜の雑学

鳥の鵜を使って川魚を採る鵜飼。日本では岐阜県岐阜市の長良川で行われるものが有名ですね。 鵜飼は鵜の首を紐で締めてエサとなる鮎などの魚を飲み込めなくして離し、その後、喉に溜まった鮎を吐き出させるという漁の方法です。 鵜飼は川で行われますが、鵜飼に使われる鵜はウミウといって海岸沿いに生息しています。鵜飼に使われる鵜のほとんどは茨城県日立市の伊師浜海岸で捕らえられたものです。 鵜飼の歴史は古く、日本書紀や古事記にもその記録があります。現代では魚を採る目的というよりも、観光資源として見世物として行...
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すべり台が発明されたのは20世紀になってから!

世界初のすべり台は1922年にイギリスのウィックスティードパークという公園に設置されました。20世紀に入ってからのことで、とてもシンプルな遊具なのに、意外にも最近の話だと思いませんか? 同じく公園でよく見かけるブランコの原型は紀元前2000年ころにはすでにあったという話もありますしね。ウィックスティードパークに初めて設置されたすべり台は、木製でただの真っ直ぐな板でした。今のようにすべる面の横に立ち上がりのある構造ではないため、気をつけてすべらないと、転がり落ちてしまうようなものでした。 今は...
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世界で初めて定価店頭販売をおこなったのは日本の越後屋!ドラッカーも認めたマーケティングの元祖とは?

お店に並んだ商品を選んでお会計をして持ち帰る。コンビニやスーパー、デパート、専門店など今ではどこの店でも当たり前の定価店頭販売ですが、この定価店頭販売を世界で初めて行ったのは日本の越後屋なのです。 江戸時代の初期にあたる1673年のこと、三井高利という人物が江戸に「三井越後屋呉服店」という店を開きました。この店はのちに越後屋と改名、さらに現在の三越デパート、そして日本有数の財閥である三井財閥の元になります。 当時の呉服屋はいわゆる店舗がないのが当たり前で客の注文を聞いて見本を用意した...
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スリッパは日本発祥!もともとは靴の上から履くものだった

スリッパは日本発祥って知っていましたか? 海外にも「slipper(スリッパー)」という履物はありますが、日本で一般的にスリッパと呼ばれる上履きとは別物です。海外のスリッパには上履きの意味はなく、サンダルのイメージに近いものです。 明治時代になりそれまでの鎖国が解かれると、多くの外国人が日本にやってくるようになりました。日本では室内では靴を脱ぐのが一般的ですが、西洋では室内も土足が一般的。そのため西洋人が土足で室内にあがるトラブルがおきていたといいます。 そのトラブルを解決するために徳野利...
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