歴史の雑学 | 今日の雑学

歴史の雑学

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江戸時代には身分の高い女性がおならをしたら「私がした」と言って身代わりになる仕事があった

人前でおならをすると恥ずかしいものですが、おならそのものは生理現象で誰でも出るものです。 おならの回数はどれくらいが正常化というと、いろいろな資料などを見ると1日平均5,6回というものから14,5回、なかには20回と研究者によっても意見が別れているところのようです。しかし、いずれにしろ1日に数回はおならをするのが当たり前ということですね。 しかし、それでも人前でするのは恥ずかしい。自宅ならともかく、外出中であればトイレなどに行くか人気のないところでこっそりするのがマナーというものです...
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見猿(見ざる)、聞か猿(聞かざる)、言わ猿(言わざる)、せ猿(せざる)有名な三猿には4匹目がいた!?

僕の妻は旅行が好きなので、僕もつき合ってよく旅行に行きます。子供が生まれてからは頻度も減りましたが、2人暮らしだった頃には休みの朝に突然「沖縄に行きたい!」とか「北海道に行きたい!」なんて言われて1時間後には羽田空港だとか、散歩中に「たこ焼きと牛タンとひつまぶしはどれが食べたい?」なんて聞かれて、「たこ焼き!」と答えたらそのまま新幹線で大阪にいくことになったりと結構アクティブでした(笑) それで旅先では美味しいものを食べたり、観光名所を見たりするのですが、毎回必ずいくのがその地域の神社仏閣...
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サンタクロースの服が赤いのはなぜ?クリスマスの雑学

もうすぐクリスマスです。クリスマスといえばイエス・キリストの誕生を祝うキリスト教の記念日ですね。 ちなみにクリスマスはイエス・キリストの降誕祭、誕生を祝う日であっていわゆる誕生日ではありません。イエスの誕生日の正式な記録はないからです。 12月25日に行われるようになったのは、古代ローマの宗教行事で12月25日を太陽が生まれる日とし太陽神を祝う祭りがあり、それが転用されたのではないかと言われています。12月25日はちょうど太陽が見える時間が1年で最も短い冬至のあとであり、そこから不滅...
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日曜日が休みになったのはなぜか?

日曜日が休み、もちろん仕事によっては休みがズレることもありますが、まぁ、一般的には日曜日は休みの日ですよね。ところで日曜日が休みになったのはなぜでしょうか? そもそも、日本に「日月火水木金土」の7つの曜日からなる七曜の考え方が入ってきたのは明治以降のことです。江戸時代までは十干十二支(いわゆる干支)からなる60日で1周する考え方がありました。「土用の丑の日にうなぎを食べる」とかいった場合の土用の丑の日は十干十二支の1つですね。 これが、明治時代に多くの西洋文化を取り入れる流れで改めら...
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桃太郎は桃から生まれていなかった!なぜ主人公が桃から生まれる話ができたのか?

桃太郎といえば、日本でもっとも有名な昔話といって良いと思います。主人公の桃太郎はおばあさんが川でみつけた大きな桃から生まれるものと決まっています。 しかし、桃から人が生まれるなんてなんとも不思議な話ではないでしょうか?昔話だから現実的な話でなくてもまったくおかしくありませんけど、それにしてもなぜ桃なのだろうかと思いませんか? 実はもともとの話では桃太郎は桃から生まれていなかったのです。 桃太郎のもとになった話は、誰が作者か不明ですが、室町時代ころに成立したと考えられているようで...
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インスタントコーヒーを発明したのは日本人?インスタントコーヒー発明の歴史を追う

インスタントラーメンを発明したのは日清食品の創業者である安藤百福というのは有名な話です。NHKの朝ドラでも安藤をモデルにしたドラマが放送されましたよね。 では、インスタントコーヒーを発明したのは?というと、日本人の加藤サトリというのが一つの定説でした。 お湯を注ぐだけですぐにコーヒーを楽しめるインスタントコーヒーは、イギリスやアメリカで開発に挑戦した記録があるのですが、一定の品質をクリアすることができず、製品化に成功できなかったのです。 1899年のこと、シカゴに在住していた日...
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時代劇のヒーロー水戸黄門こと徳川光圀は本当に善人だったのか?辻斬りなどの蛮行や重税などの悪政を行っていた

「この印籠が目に入らぬか!」の決め台詞で有名な水戸のご老公、水戸黄門こと徳川光圀。日本中を旅して庶民を苦しめる悪を退治する時代劇のヒーローですね。まぁ、「この印籠が目に入らぬか!」と言っているのは格さんですけど。 ここ数年、時代劇の人気低迷とともにあまり見かけなくなってしまいましたが、何十年もテレビドラマが放送されていました。僕が子どものころはよく見ていましたね。ドラマは見たことがないという方でも水戸黄門の名前は聞いたことがあるのではないでしょうか? 水戸黄門のイメージから徳川光圀は...
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スーツの袖にボタンがついているのは鼻水をつかないため!スーツにまつわる意外な話

スーツの袖には必ずといっていいほどボタンがついています。でも、あのボタンってなにかを留めているわけではなく、なんの意味があるのかわかりませんよね。 現在では袖のボタンはただの飾りですが、そもそも袖にボタンをつけるようになったのは意外な理由があります。 はじめて袖にボタンをつけたのは、フランスのナポレオンだと言われています。 ナポレオンが軍を率いてロシアに遠征したときの話です。あまりの寒さに兵士たちは鼻水を流し、それを軍服の袖でふいたのです。 袖を鼻水まみれにしている兵士た...
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店先に盛り塩をするのは皇帝に振り向いて欲しい妾のアイデアが由来

昔から営業している老舗の飲食店などでは店先に盛り塩がされていることがありますよね。塩を円錐型に形作って置いておくアレですね。 この盛り塩の由来でひとつおもしろい説があります。 昔、中国の三国時代を終わらせ中国統一を果たした西晋の初代皇帝の司馬炎という人物がいました。中国統一を果たしたくらいなので優秀な人物なのでしょうが、統一後は政治への興味をなくし、後に反乱が起きる遠因を作ったとも言われています。 その司馬炎は女色にふけったことでも知られ、1万人ともいわれる女性を集めた後宮を作...
歴史の雑学

板垣退助は暗殺されていない!実は「板垣死すとも自由は死せず」から37年も長生きした

板垣退助といえば自由民権運動の主導者で、遊説中に襲われて「板垣死すとも自由は死せず」という有名な言葉を残した人物として知られていますね。そのため板垣はこのときに殺されたものだと誤解している方も多いようです。 しかし、実際に襲われて短刀で刺されたものの死に至ることはなく、無事に回復しています。そして、事件のあと37年ほど生き、亡くなったのは82歳のことでした。当時としてはかなりの長生きですね。 襲撃事件を起こしたのは小学校の教員であった相原という男で、板垣が行っていた民権運動に強い反発...
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